読後感シリーズ

アウトプットの練習用です。

誰がために夜は鳴る

やるべきことを終えた達成感を示すため、社給PCの上蓋をあえてゆっくり閉じ、駆け足で家を出た。
未踏の地に向かう列車は見慣れない連結になっていて、不安になりながら終点の表示を見つめて揺られる。たどり着いた街で帰路に就く人の流れに逆らい歩く。そこでやっと見慣れた文字入りのTシャツを見つけて、安心しつつ目的地を目指す。辿り着いたのは千葉LOOK、マンション前に佇む今宵の晴れ舞台。
初めての千葉LOOKは想像していたよりもこぢんまりとしていて、ライブハウス然とした雑多さがあった。元はナイトパブだったと言うそのハコはホストクラブが何軒も入るビルの1階にあって、建物の角に残る「ナイトパブ ルック」の看板が懐かしい色香をうすらと漂わせる。外壁に貼られた何枚ものポスターの中に、「ビレッジマンズストア」の文字とアー写を掲げたそれを見つけて写真を撮る。ポスターに朱書きのSOLD OUTの文字が今夜の熱を予感させる。開場の合図が掛かると、そぞろ歩いた人々が整列し、私もそこに加わる。e+を立ち上げて電子チケットを表示すると、そこには自分の名前と2番の文字が燦然と輝いている。何度も足を運んだバンドだが、こんなに若い整番になるのは初めてで、チケットをダウンロードしてからはなんだかずっと落ち着かないままだった。
スタッフが重いドアノブを紐で括りストッパー代わりにして、ポケットから体温計を取り出す。1人ずつ間隔を空けて進み、ドリンク代を支払い消毒する。新しい入場の儀式も気づけばすっかり慣れっこだ。アルコールを擦り込んだ手から目線を上げると、チェッカータイルと足跡の目印が出迎える。気恥ずかしくなりながら仕切られたフロアの最前列に足を揃えると、2メートル先のステージを一切の遮りなく見渡すことができた。低い天井、肩を並べて狭そうに並ぶモニタースピーカー、出番を待つ楽器とマイクスタンド、時に鈍く光を返して揺れる緞帳。暗闇で静かに息を潜めた彼らは、25分後に致死性の武器になる。
フロアの1番後ろまで観客で埋まってしばらく、心地良く流れるBGMが突如大音量で響く。その場にいた誰もが知っている、これはここから1時間半、殺し合いの蜜月を始める鐘の音だ。
赤い鎧の男達はおニューの入場曲と共に1人ずつやってきた。慣れた手つきで楽器を構え、背を向ける。やがて殿が咆哮する。狭く暗い空間はたちどころに光と音で埋め尽くされ、否応無しに心臓を捲し立てる。シモテの狂犬が片手で殿を煽れば、ドラムは更に激しく穿たれる。スティックがびしりと指し返し、4人がそれぞれ轟音の徒に成った時、緞帳は大きく開いて大将を呼んでくる。羽根を舞わせライトを浴び、水野ギイがお立ち台に踏み乗って叫ぶ。そうして、ビレッジマンズストアが最高の今夜を始める。

 

高く挙げた手拍子でフロアを巻き込む「夢の中ではない」。トップギアなこの曲で、彼らが初めから気を抜くつもりなどないことを知らしめる。高速のカッティングやグルーヴ膨らますベースが一気に興奮を掻き立てて、血液全部を沸騰させる。夢のようなステージを見つめるこの時間はまさしく現実。真っ赤なスーツがギラギラとライトに照らされ視界まで五月蝿い、たまらない。
休む間もなく撃たれた「Don't trust U20」は、鬱憤を燃料に滾った観客を更に燃やす。柵のギリギリまで迫り出した荒金さんが剽軽な表情でチョーキングを放つ。それは閃光となって唸り、観客が叫ぶ代わりに振り上げた拳の渦でテンションは既に最高潮。ここに来た誰しもが日々常識を隠れ蓑にして爆発する時を待っていた。発破の時、それこそが今日なのだ!
爆発後のステージには一転、艶やかな闇が広がる。その奥でハイポジションの弦が燃えさしの火花を散らす。「クロックワークス・パインアップル」。初めて聴いた時から、このリフに脳をズタズタに蹂躙されてしまいたいと思った。いや、最早シナプスは何本も焦がされているのだろう。衝撃的なこの曲でギターに何が起きているのかが知りたかった。だから偶然にも最前列に位置した今日に演奏してくれたことが嬉しかった。とにかく岩原さんの手元を見続けて理解に励んだ、でも何もわからなかった!だって楽しくてそれどころじゃなかったから!助けてくれ、俺はこの曲に今後何度も殺されて喜ぶんだ!ー爆発して全てを蹴飛ばして、じゃあそこに残ったものは何?そう問いかけるようなこの曲が、Don't trust U20の次に始まったことがまるで物語のように沁みる。どこか寂寥を携えながらライブは続く。
じゃあ侘しく萎れるかなんてのはとんでもない、喧しく慣らし続けることでしか居られない。「黙らせないで」が再びエンジンに火を吹かす。ベースの音色が会場の一体感を増し、オーオーと湧き上がる感情を再び拳に乗せて心が叫び、烈しく穿ち続けるドラムが灼熱をもたらす。ギイさんの歌声が、燻った魂の壁に穴を開けバックドラフトを起こす。2人のギターは悠然と対峙し、仁王像が如く迫力でそれぞれのプレイングを見せつける。口は開けないが、それは黙っている理由にならない。それ以外全部で鳴らし尽くせばいい。
今日の意外性の一番星はこの曲、「セブン」。イントロ1小節鳴っただけで興奮が止まらない。小気味良いリズムはリールを血走った眼で見つめる射倖心と焦燥感を思わせる。現実と違うのは1/120の確率を確実に引いて大当たりが来ること。4人は飛び出すようにステージの最前に立ち、ギイさんの手の動きにあわせて観客がその場で飛び跳ねる。そうして気持ちを極限に高め、テンポが跳ね上がれば右打ちの合図。そこからはジャンジャンバリバリジャンジャンバリバリ大当たりのブチ上がりフェーズで、イっちゃいそうな大熱狂が全身を支配してアドレナリンは赤玉まで枯渇、絶頂状態で体が熱い。
マイクスタンドを中央に構え、熱帯夜は一変澄んだ夜の風を吹かせる。「墜落、若しくはラッキーストライク」。終末に息巻いたあの頃を振り返ったときの物悲しさ、この曲を聞くとそんな感情が湧いてくる。真っ白なライトは火球のようで、紫のライトは紫煙の儚さのよう。死に花を飾れず花に錦も添えられぬ、されども今に生きている。記憶の階段を登る足音のようなベース、2人が向き合い同時に鳴らされるギターの1小節、旧懐を彩る歌声、真剣な眼差しで4人を見つめて打たれるドラムは思い出の駆ける音。目を瞑りそれぞれに浸ると、自然と瞼の裏に涙が溜まる。
心に淡い揺らぎを抱き、振り返る感情は郷愁へ変わる。ギイさんが共に旅するギターを鳴らして始めた「すれちがいのワンダー」には、懐かしさと優しさが溢れている。東京は自分が育った土地だから、東京への羨望と嫌悪にそのまま同意する事は難しい。だが最近は、苦い記憶を残す場所のことを思い出すようになった。ケルト音楽を思わせる調べは、立ち止まってもどうにか進もうとする背中を撫でるようで心地良い。響くコーラスに見送られて車窓は辛酸駅を通過する。
税!税!税!税!ステージ上で軽快な掛け合いのもと、タイマーズの「税」の冒頭が歌われる。そりゃないゼエ、と吐き、ついで始まる「Anarchy In The T.A.X」。生々しい題材を軽やかな曲調で示すビレッジマンズストアの技がきらりと光る1曲だ。生活に影が如く付き纏う税金に、苦しめられて生かされて、狭間でもがく姿はロックンロールそのものか。リズミカルな充さんのスネアの音色に合わせて体を揺らす。声が出せるようになったらジョニーよろしく叫びたい、A N A R C H Y!!IN THE T.A.X!!!
猫騙し人攫い」。ワン、ツー、思わずかぶりつきたくなるような衝動を呼び覚ます。Aメロで柵に足をかけたギイさんが目を見開いて今夜の運命の相手を探す。ぎょろりと端から端まで動いた瞳が捕まえたのはジャックさんだった。殴るような愛の眼差しで一挙手一投足も逃さぬように見つめられ、襟元や髪を整えられた彼は構うことなくベースを弾き続けていた。「低く地に伏せ 息を殺して」の歌詞に合わせ、お立ち台にしゃがんで柵の合間から目を覗かせるギイさん。そういえば向き合ってライブに心酔する私達は、共に背中がガラ空きじゃないか。次第に追い詰められるような感覚を覚えながらも跳ね踊るのをやめられない。
優しく微笑んで始まった「アダルト」は待ちわびた今夜を見送る。深く頭を下げて一心不乱に鳴らされるベース。訴えかけるように歌われるコーラス。触れなくても、離れた時間が長くても、この時間を待ち続けた思いに偽りなんかなかったと、改めて思い直す。
生きろ、と彼は言った。楽しい時間も、それを待ちわびる日も、全ては生きた上に成り立つ。「正しい夜明け」。次第に明るく照らすライトは、朝靄の中で乱反射する光のようで暖かい。涙で霞んだ視界の中、こちらを見つめたギイさんが柔らかに笑う。この夜を超えて、朝焼けを超えて、吸って吐いてを繰り返して、さらに愛しい夜を待つ。言葉少なに交わされた約束を胸に抱いて、私は再び日常に帰るのだ。
万物は流転する。人生は変革の連続だ。細胞1粒さえも変わっていく。それは信じたものを守るため、続けるためと教えてくれたのはビレッジマンズストアだった。「変身」、トランスフォームと叫んで真っ直ぐに伸ばされた左腕は幼い頃に憧れたヒーローのようで、変わることへの覚悟の表れのようでもあった。多くのことが変わった。会えなくなった人もいるだろう、全てを前向きな変化と思い込むのは難しい。でも、変化した果てが今夜の千葉LOOKだったのであれば悪くないと思う。それに金ビレやったりTikTok始めたり、色々変わったけど嬉しいし、相変わらず格好良くて優しいし、やっぱり変化ってかなり良いかもしれないな。
ロックンロールは何度だって幕を開ける。「Love Me Fender」では、ここにいるぞと5人が音を叫び鳴らす。15年とそれから先の退屈を変えて進む暴れ馬たちのいななき、蹄の音色。充さんが腹の底から上げた掛け声と共にドラムが、ベースが、2本のギターが、歌声が、煌めいて混ざり合う。振り乱した髪が額に張り付く。真っ白なライトに照らされ、光の輪郭となった彼等の姿が美しく愛おしい。
「逃げてくあの娘にゃ聴こえない!」と聞こえれば、熱を取り戻した脳をめちゃくちゃに震盪。そこに爆音を100つまみ。全部混ぜると馬鹿ばっかりのフロアが堂々大完成。めいめい鳴らし尽くし跳び尽くし。荒金さんと岩原さんはふたりお立ち台に舞い戻り、鍔迫り合いが如くネックを交えて弾きまくる。アツいアツいアツい!デッケー音ってチョーサイコー!!!!
清々しい気持ちのままに、さよならを何回も言い合えるように。しばしの別れも、またこうして遊ぶ日のために。「LOVE SONGS」の快活なメロディが、終わる寂しさを再会する期待へ変えていく。ビレッジマンズストアは災禍においても、彼等の音楽を聴く人々のことを考えていてくれた。手段を尽くして楽しませてくれた。何度彼等の「またね」に救われたか分からない。感謝が頭の中でたくさん巡って、泣き笑いながら私は手を振った。
居場所を伝えようと拳を真っ直ぐに伸ばした「サーチライト」。掛かって来い、と乗り出した荒金さんのギターソロに釘付けになる。明滅するステージライト、観客全ての感情を拾い上げるように、喉の全て振り絞って歌うステージ上の5人。果てにいる人々を見つめる柔和な視線。ああ、仄暗い感情の逃げ道に光るのはいつも彼等だった。
「PINK」、真っ赤なスーツは肉の色に照らされ猛る。こんなにも終わりとは早く訪れるのか。終わりは激しく前のめりだ。捻くれた言葉も隠した本音も泥臭く立つ姿も全部詰まった音楽に身を任せると、まるで愛に抱擁されているような気分になる。 触れもせず声も出さず、それでもこの1時間半私達は向かい合ってぶつかり合った。最後の1音、マイクシールドが首に絡んだギイさんは両手でハートを作り、ステージを後にした。
新グッズの汗をとても良く吸うタオルを紹介しつつ、再びステージに集ったビレッジマンズストアが今宵最後に演奏したのは「People Get Lady」。高速で打たれるドラムとユニゾンのギターが胎の中を痺れさす。思い思いのモンキーダンスに興じる観客と踊るような運指のベース。ボーカルはふしだらなハンドサインと悪い声色で無礼講を誘う。最後の最後まで踊り切って無上の一夜は幕を閉じた。

ライブハウスの扉を抜けると、湿った晩夏の空気が広がっていた。興奮冷めぬまま、架道橋の先に猥雑なネオンが光るのを見つめ、次第に湧いて流れる感情に思考を任せる。
距離を測って人と人を区別し続けて2年近くが経った。もみくちゃに境目が無くなるほど混じり合う熱狂は、今や唾棄すべきものとなった。床に貼られた足跡から出られなくなって、家から出なくなって、自分の形は自分だけが感じるかたちになった。生来の出不精が功を奏したか、案外人に会わなくても平然としている自分がいた。ライブが見られない日々が続いても時間は同じ速度で進んでいて、なんだ結構淡白なもんだと達観し、流れる生活の中に薄く溶け込んだ。でもどうだろう、彼らが「生きろ」と言ったとき、不定形の自分は生きなければと決意したのではないか。確かにそこにいた、ビレッジマンズストアを愛し、ビレッジマンズストアに愛されたひとりの形になったのではないか。たった1時間半だけの勘違いだとしても、その言葉は私(を含む大勢いた「ひとり」)のために放たれたのだから。気づいて形を取り戻した私は、いつもよりしゃんと背筋を伸ばして帰路に就く。せっかくもらった形を格好良く飾るために。

 

そういえば、あなたの知らないところでも、耳元に忍び込んだあなたのお陰でぼちぼちやってます。だからまた会いましょう、約束しちゃったのでね。では、さよならだベイベー。おっきなポスターが貼られるその日まで。

 

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